人の名前を借りる(コンサート・その2)
どちらも、タイトルの名前の人が作曲したものではありません。
もう!騙されてましたよ、私!!!
アルビノーニは、R.ジャゾットというイタリアの音楽学者によるもの。
図書館で断片を見つけて、それを元に作曲したとジャゾットさんは言っていたようですが…それはどうやら嘘だったみたい。
カッチーニの方は、V.ヴァヴィロフというロシアの人が作ったそうで。
1995年くらいに急にブームになって出回った曲です。とっても素敵なメロディで、しかも歌詞がアヴェマリア、ああ、アーメン、これしか無いので楽譜が手に入ったら誰もが手軽に歌ったような…
カッチーニはイタリア古典歌曲の『アマリッリ』を作曲した人。すっごーく古臭い(ごめんなさい)歌です。いや、曲としては素敵な曲ですよ。いい歌です。
で、カッチーニのアヴェ・マリアと呼ばれるこの曲、とってもモダンなんです。
カッチーニ作曲ぅ?アマリッリのぉ?
なんですが、まんまと騙されてました。
メロディだけ残っていて伴奏部分を現代的にアレンジしたのかな、と思ってました。
けどね、よくよく考えてみると「アヴェ・マリア、ああ、アーメン」だけの歌詞なんて、この時代では考えられないですよ。やはりちゃんと、Grazia plena…と、先まで繋げないと。
人の名前を借りて世に出す、よくあったみたいですね。
その逆もあって、他の人が作曲したのを自分の作品として世に出すというもの。数年前に日本でもありましたねぇ。しかも目が見えてないとか言ってたのに見えてたとか…
教えること
カルチャーでの講師歴は来月で丸12年になります。
3年で辞めてやる!と最初の頃は言ってたんですが辞めよう辞めようと思いつつ、早12年です。
カルチャーで教え始めた頃、店長さんに最低人数を決められ「これを下回ったら教室を閉めましょう」と言われていました。ですが、もうとっくに最小人数を切っています。今の店長さんからは何も言われません。というか、このご時世、通ってきてくださる方がいるというのは有り難いと言ってました。そういうわけで生徒さんがいなくならない限りは存続です。
私もなぜ辞めないのか…って、生徒さんに「辞めないで!」と言われてるから。
ユルユルとやっているので、もはや歌のレッスンだとは思ってないです。(いいのか…)
が、たまに本気を出すんです。生徒さんにとってはいい迷惑っぽい。
で、素敵な曲があったので少し頑張れば歌えるかなとレッスンしたら「難しすぎて歌えません。無理です」とお蔵入りしました。
何が難しいのかと考えたら、ちょっと技巧的なんです。無理な高音が出てくるわけではないけれど、少しアジリタっぽいというか、カデンツァっぽいというか。音がいっぱいあるのって生徒さんにとっては歌い辛いのですかね…。
音符がいっぱい並んでるから拒絶反応を起こされたのかも。いい演奏を聞かせたら“憧れ”が生まれてやりたくなったかも。つまり私の指導能力不足か…
生徒さんにとって、どこまでが大丈夫なのか未だに分かりません。
カルチャー以外には個人レッスンをすることもあります。
言葉が読めなかったり、リズムが全く分かってなかったりして、本来の声楽のレッスンが出来ないこともあります。そこがクリアされなきゃ、歌うところまでいかないのです。私としてはそれでお金を頂いていいのだろうか?と申し訳ない気持ちになるのですが、そのレベルまで来てくれないと何も出来ないので仕方ないです。例えて言うと、走り方を教えるのに立つのもままならない状態というか。
しかもレッスンとレッスンの間に何もしてこない(ように見える)そういうものなんでしょうか…
これでは上達は望めないのですよね。(いや、もしかしたら上達は望んでないのかもしれない)
レッスンに付き合ってくれるピアニストは「為になって面白い」と言ってくれるので、それが救いというか何というか…なんだか複雑な気分です。
お役に立てれば
今年はコロナで活動の形が大きく変わりました。
公演が延期になったことが一番大きいですが、これにより、よりじっくり取り組めているのは嬉しいことです。
けれども、人前で演奏出来ないというのは自分の存在意義が分からなくなってしまい、これは大変辛いことです。おそらく多くの音楽家が直面していることではないかと思います。
それでも工夫を重ね、活動をしています。
その工夫の一つに『歌唱マスク』があります。
少しでもリスクを避けるために。活動を止めないために。
感染を恐れ活動そのものを止めてしまっている団体もあるようですが、止めてしまっては退化していくのは目に見えています。
歌うこともスポーツと同じです。
家の中にずっと一人で誰とも話すことなく過ごし、突然の電話などで声を発しなきゃいけなくなった時に思うように声が出ない…という経験はありませんか?
声を発するとはそういうことで、まして『歌』になると…
『歌唱マスク』は活動したいという方々のお役に立てばと生まれました。生まれたら今度は、どんどん改良されて、もう何度改良すれば気が済むんだ?というくらいマイナーチェンジを重ねて、とうとう不織布の軽いものまで出来上がりました。
今年は歌唱マスクの他に普段使いのマスクも大量に作りました。出来上がると周りの人達に配りまくり…
半分、押し付けてるような感じですが、喜んで頂いてると思います(たぶん)
そして、たまにアップしているクックパッド。
私のレシピに「作りましたよ!」とレポートが入ります。
皆さん盛り付けも上手に美味しそうに作られます。元の私の料理の方が、あまり美味しそうでないのはどういうことだ?!
そういうわけで、今年は『歌』以外でお役に立てたこともあったようで嬉しい限りです。
先日、YouTubeにクリスマスの演奏をアップし、嬉しい感想をたくさん頂きました。
https://m.youtube.com/watch?v=UKHa_yOKVds&feature=youtu.be
やっぱり『歌』でお役に立てたら、それが一番嬉しいなぁ…
なぜに低い
カルチャーセンターで教えていますが、それでいいの?とお叱りを受けそうなくらい緩〜いレッスンをやっております。
で、色々と曲をやり尽くして(といっても難しいものは避けているので、やろうと思えばいくらでも曲はある)どうしたもんかなぁと思っていたら「ミュージカルの曲をやってみたい」と、生徒さん。
ミュージカルといっても色々ありますし、何となく耳にしたことがあって、カラオケでも歌えて…どんな曲があるのだろうといつものように(メルカリで)楽譜お取り寄せ。
この曲だったら生徒さん、歌いたがるだろうと2、3曲ほど見繕ってみましたら、なんて低い音程なんでしょう。というわけで移調。とりあえず、すぐにやる曲を4度上げました。(♭1→♭2つ)
楽譜にある他の曲も見てみたら
こんな具合に低い。ソの音が最低音でした。
生徒さんには移調前の元の楽譜を見てもらってるんですが、見てすぐに「この音では低くて歌えません」って。
参考にするためにYouTubeで音源を聞いたら、なんとなんと。楽譜より更に低い調。
「どうしてこんな低い音なんでしょうか?」と生徒さん。
それは地声発声だから…なんですよね。一説によるとミュージカルは地声と頭声をミックスさせた発声だとか。ミュージカルとオペラは似て非なるもので、発声は違います。(だからといってオペラの発声が頭声というわけではない)
オペラで女性が歌うものでは、なかなかあんな低い音は出てきません。ちなみに歌謡曲もミュージカルとほぼ同じ音域で書かれています。
生徒さんには、カラオケでこの曲を歌う時は2〜3度上げなさいねと伝えました。
得意な音域で歌うのも上手に歌う秘訣です。
ただし、オペラアリアなどは(一部を除いて)移調はしません。調に限らず『楽譜通り』が鉄則です。
得意な音域に変化させればいいのでは?と思いますが、オペラ1本、全体で1曲と考えるので、途中のある曲だけを移調というのは(一部を除いて)ありません。だったら同じ音だし1オクターブ下げれば?も、あり得ません。従って、自分の声に合わない役はやれません。(多少合えばやっちゃう場合が多いけど)
ミュージカルもオペラも、どちらもちゃんと訓練しないと歌えませんね…
香りと日本歌曲
自宅リフォームに伴い、少しずつ片付けています。
そうして出てきた試供品や旅行用のシャンプーたち…。片付けるために一気に使っております。
娘が修学旅行に出掛けた時に持たせた旅行用のシャンプー。某香水メーカーのものだったので、きっと素敵な香りよ!と持たせたのですがお気に召さなかった模様。これが出てきたので使ってみました。
そうしたらサンダルウッド(白檀)の良い香り…
確かにね。12歳の女の子には「なんじやこりゃ?オバサンの香り!」と思うかもしれない。
子どもの頃、母の白檀のお扇子、これがいい香りだなんてどういうこと?と思ってましたもん。
久々に白檀の香りを嗅いでいたら中田喜直さん作曲のマチネ・ポエティクによる四つの歌曲を思い出しました。
とっても官能的な、叙情的な、素敵な詩でもちろん曲も。これを20代半ばに全曲歌ってたんですよね。中でも『さくら横ちょう』は途中に出てくる詠嘆の歌い方が素晴らしいと師匠に褒められたもんだから、いい気になって歌ってたんです。イタリア滞在中もプログラムに組み込んで歌ってました。
で、全曲を歌った時にある先生(男性)に
「とってもいいんだけどね…何というか…色気が足りないんだよね」と🤣
20代で表現できるような内容じゃないんでしょうね。いつになったら人前で歌っても失笑されないようになるかなぁと…。それからこの曲は歌える日がくるまでと封印してたんです。もうそろそろいいかなぁ?気が付いたら40代後半よ。ヨボヨボになって歌うのもどうだろう?
白檀の香りを嗅いだら久々に日本歌曲が歌いたくなりました。
歌唱マスク ペリカンちゃん
出来あがりました❣️
この度、2種類のマスクが誕生しました。
口元には拳一つ分の空間。
ダイ◯ンの掃除機並みに息を吸っても布が口に張り付かない。
飛沫も飛ばさない。
なんでこんないいマスク、企業さんは開発しないんだろう?
右往曲折あった3ヶ月。
このブログでも紹介してきましたが、ホントに色々作ったのね。失敗作もたくさん。
稽古に来る度に可笑しな不思議なマスクを付けている私を、皆さん(ナマ)温かーい目で見守ってくれました。
5番までは私一人で頑張っていましたが、画像の5番から完成形に至るまでは約2週間。稲城市民オペラの団員、M.I.さんの知恵を借り、H.S.さんの協力を得、ラスボスM.F.さんの登場で一気に加速して出来上がりました。
縫い縫いはしないけれどもH.I.さんとS.I.さんのサポートで作業はスムーズに進み、団員全員分のマスクを製作。
歌いやすい❣️苦しくない❣️
の声多数。
歌唱マスク
研究に研究を重ねています。
歌う時には、このような普通のマスクでは歌いづらいのです。
そこで、
まずは第一弾。
どこぞの国の人のような感じです。
これは耳に掛けない、口や鼻からは離れていてファンデーションや口紅が付くこともなく快適。けっこうスカスカに空いてるから当然苦しくもない。
マスクとしては失格なんですね…。とりあえず自分の飛沫は飛ばさないというだけのもの。(エアロゾルは発生しまくり)
特殊な構造でコンパクトにならず持ち運びが面倒。
視界も悪い。鼻から下を覆ってるので、下が全く見えない。楽譜が見えない。
ということで、視界を良くしようと
布の真ん中部分を透明なので作ってみたんですが、これだけ隙間があっても暑い。楽譜は見えたけど、歪んでよく分からない!!
そこで、ガラッと方向転換して
箱型マスクを改良。
口元は空間があり、苦しくもなく透明ビニールシートより暑くならない。
鼻の上側はノーズワイヤーを入れてあるのでマスクとしての機能もOK。
もう視界は諦めました。下側を覆ったら見えないのは当たり前。
で、口元に空間はあったんですがね、歌うために息を吸うと布が口に張り付いて苦しいのなんのって。なにこの吸引力。私はダイソン?
で、透明ビニールシートだったら布みたいにパカパカ動いて口に張り付くこともないと思って、改良してみました。
透明だったら下側も見えるかもしれないじゃない?
(諦めたわけじゃなかった!)
でも、鼻部分を押さえるには布でないと痛いよね?ということでマスクの上側は布でノーズワイヤー入り。これでマスクとしての機能もOK。
って、やっぱり、目の下に布が来るってことは視界は悪くなるのよ。楽譜は見えず。
でも透明だから口が見えて歌ってる様子が分かっていいかなぁ…と。
下側はクールタオルを縫い付けて、首回りはさほど暑くならず。
口元には充分な空間があるし、ダイソン並みに息を吸っても口に張り付かないし、もしかしたら完成かも❤️
って思ったんですがね、
水滴が…
マスクに水滴が。
とっても湿潤なお口周りの環境。お肌に良さそう。
見てる側は不快ですよね。
上の画像も曇ってますけど、これ以上に凄いことになりました。
で、一番歌いやすい形のマスクを団員さんが作って付けてるんで、もう諦めてそれにするかなぁ…(その画像は無い)
もうちょっと頑張ってみます。